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【立ち読み】

『アウスリーベ』多くの音楽家とサンフラワーの香りに

プロローグ 「互いに歩みを合わせて」

 そっと瞼を閉じる。今までには感じなかったような爽やかな風の流れを僅かに頬に感じながら。手に握った砂がこぼれ落ちるように、ないがしろにしていた様々な感覚に思いを馳せる。
 過ぎ去っていったもの、それは心の内にある。今までの思いが頭を過ぎる。それは幸せの思いであったり、痛みにも感じる。

どこからか風で流れてくる草花のかすかな香り。どこかで感じた記憶がある。しかしいつだろう、今は思い出せない。意識の辺境で何かがうずく。

 頭上からは木々の葉が風で擦れ合う乾いた音がする。上を見上げ木の葉のささやくような音に耳をすます。何の木かと思い、手で木に触り、ざらりとした表面をしばらく撫でる。陽に照らされ、ほのかに暖かい感触を手のひらで確かめ、頬を太い幹に静かに当てる。再び上を見上げ、梢から差し込む明かりを顔に感じる。

 遠くで小鳥達の声が聞こえる。何かの意味があるのだろうか。共鳴するように互いに鳴き声を発している。

 足元からは乾いた落ち葉の擦れる音が聞こえる。落ち葉が重なり合って厚みのある絨毯の様な感触を足の裏で感じる。時折小枝を踏み、乾いた木の折れる音が聞こえる。

 指を絡めながら、その温もりを感じて歩んでいく。どれだけ歩いただろうか。時間の感覚が失われている。ただ、有限性の時間の中で今までにつむぎ続けてきた連続性の中にいる。出口はあるのだろうか。それは今は分からない。その必要もないのだろうか。

「どれだけ歩いたんでしょうね」
「さあ、僕にも分からないけれど随分遠くにきたな」
「私達はどこに向かっているの?」
「もちろん、出口さ」
「本当に出口はあるのかしら。私はここでもいいような気がする」
「そうじゃない。しかし、歩み続けなければいけないんだ。出口に向かうために。見つからなければ探さなくてはいけない」

 小川のせせらぎが微かに聞こえてくる。その川はここからはまだ遠い。歩むにつれてその音は大きくなってくる。

「でも、心配になる。蛇が出てきたらどうするの?」
「僕が睨み返して追い返してみせる」
「それは頼もしい。でも熊が出てきたらどうするの?襲われちゃうかもしれないわよ」
「その時は君が微笑み返してあげればいい。きっと熊もここでは寂しいだろう。友達になってくれるかもしれない」
「そうしたら友達になってここで一緒に美味しい食べ物を探して、熊とダンスをして暮らしてしまうかもしれない」
「それもいいかもしれないな。でも僕達は出口に向かわなくてはいけないんだ」
「入口があって出口がある?」
「その通り。時間はかかるかもしれない。でも出口を見つけなければいけないんだ。僕も一緒に目をつぶって歩いてみようか」
「ダメよ、そんなことしたら木にぶつかったり川に落ちてしまうかもしれない。それに出口が分からないじゃない」
「大丈夫。木にもぶつからないし川にも落ちない。君と一緒ならね。出口は必ず見つかる」

 その言葉は安心感を与えてくれる。危険で険しいことがあって荊の道であっても。互いの感じているその瞬間の事象は違うかもしれない。しかし、進んでいこう。共に歩みを合わせて。

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